THE TALE OF...
 
~snigle malt whisky~
 


第二話

白い壁に囲まれた部屋、窓際に置かれたベッド。
その上が勇貴の知る世界の全てだった。
心電図のコードや点滴、酸素注入器などが何本も体に突き刺さっていて、自分で寝返りをすることもできない。
窓から見えるわずかな空。その空だけが唯一変化するものだった。
その空だけを四年間見続けたのだ。
もちろんその間に何度も手術をした。しかし勇貴の病気は治らなかった。
もともとの体質で血管が細く、血液循環が悪いうえに心臓がちゃんと動いてくれない。
さらに中隔欠損のため全身に新鮮な血液がめぐってくれなかった。
そのため日に日に体力は低下し、勇貴は四歳でありながら体重が10キロに満たなかった。
骨と皮だけの、生きているか死んでいるかも見た目にはわからない姿になり、やがては血液不足が原因であらゆる器官の発達が遅れ、脳にまで異常をきたした。
そんな時、彼の主治医が退院の許可を出した。しかしそれは喜ぶべきことではなかった。
「彼の心臓はあと3ヶ月もてば良い方でしょう。その3ヶ月をこのベッドの上で過ごさせるよりも、外の世界に連れて行ってやるほうがいいでしょう」
それを聞いた母親は生きた心地などしなかっただろう。
息子の余命はわずかしか残っていないのだ。
鼻に酸素チューブを入れ、ボンベをひきずりながら勇貴は退院した。
彼はそこで空がこんなに大きいことを知った。
帰宅途中の車の中、抱いてくれている母に向かって「お空って大きいな」と声にならない声で言った。
母親は泣いた。
その一言が引き金となり、音もなく、密やかに涙が流れた。
「なぁ、なんで泣くん?僕元気になって退院したんやで」

何も知らない勇貴は母に向かってそう言った。


あと3ヶ月の間、この子の前では笑っていよう。
あと3ヶ月の間、いろんな所に連れて行ってやろう。


母親は強くあろうとした。


この日、勇貴は初めて母親に抱かれながら寝た。



10月13日(木)20:21 | トラックバック(0) | コメント(0) | THE TALE OF... | 管理

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