THE TALE OF...
 
~snigle malt whisky~
 


モルダーとスカリーもびっくりするだろう

四月だというのにやけに暑い。窓を閉め切っていたらすぐに湿気が溜まってしまうので、この日に限って窓を開けて寝ていたのだった。
どこか遠くで暴走族が排気音を響かせて走っている。
生ぬるい風がカーテンを揺らし、部屋の中を駆け回る。
枕元においてある時計に目をやると、ちょうど二時半を回ったところだった。
もうベッドに入って一時間も経とうとしているのに、なかなか寝付けないでいる。こんな日はめずらしい。
どうせなら一晩中おきていてもいいのだが、明日は午前中に用事があるから少しでも良いから寝て、体力を回復しておきたいのだ。
瞼を閉じて、寝よう寝ようと意識を集中させる。
あたりは暗闇に包まれ、音もなく、静かな眠りの世界へ引きずられながら、同時に夢の終わりの世界へと歩みをすすめていく。
深い森を抜けると、目の前には川が流れていて一艘の舟が桟橋にくくりつけられている。
迷わずに私はその舟にのると、川の流れに身をまかせたままゆっくりゆっくりと下流に流されていったのだった。
川は右へ左へと蛇行を繰り返し、今どちらが来た方角なのかハッキリと分からなくなってしまっていた。
川辺には群青色をした花びらを持つ、山茶花のような植物や琥珀色をした葉っぱの木、その木の枝には銀色の尾をした鳥が羽を休めながらこっちを見ている。
やがて川の幅はだんだんと狭くなり、私が乗っている舟が一艘通るのがやっとな幅にまで狭くなってしまった。
そして、不思議なことに右側と左側の岸が目の前でぴったりのくっついてしまったのだ。
では川に流れていた水はどこへいったのだろう。

・・・・・・・・・・「どうですか?何か思い出しましたか?」
「・・・・・・いえ」
「そうですか、あなたが見た風景の中に何らかの形で、あなたの過去に関係しているものがあるはずなんですけどね、その風景は隈なく見たのですか?」
彼は私の記憶を取り戻すために協力してくれている人物だ。
彼は自分自身が誰だかよくわかっているし、なぜこの単調な作業をするだけの場所につれてこられたのか、その理由もしっている。
もちろん、最初はその理由を教えてくれと頼んだのだが、それは他言無用だそうだ。そして、何よりもそれは他人から聞くものではなく自分で気がつかなければならないということだった。
「あなたはとてもとても深いところへ自分の記憶を追いやってしまっているようです。あるいはそのように仕組まれたのかもしれませんが、どちらにしたってこれは一筋縄では思い出せませんね。それにしても、自分の記憶を取り戻したいなんて不思議なことを言う人ですね、あなたは。ここは単調な作業をするだけなんですから、自分が誰かなんてことは重要じゃありませんよ。それよりも自分はなぜここにつれてこられたかという問題を考えるほうが先のように私は思いますけどね。ただ、その問題の答えが分かったところで、この場所から開放されるというわけではありません。
やはり、この場所であなたには黒い粉末を入れ続けてもらうことになりますけどね。
そして、その仕事ができるのはあなたしかいないんです。
どうやらあなたは考えることに執着し、それを持ち続けることで自分という存在を確保しようとしているみたいですが、それはこの世界では無意味なことなのです。考える、すなわち自分の脳みそを動かし、あらゆる情報を各方面から分析し、答えを導き出す、あるいは物事や事象を判断するといったことですが、ここはただベルトコンベアーに乗ってくるものに、自分がすべき仕事をするといった単調な作業をひたすら繰り返す場所なのです。
ましてやあなたは自分の記憶を持っていない。そんな少しの情報量で何が正しく判断できましょうか・・・いや、わかりますよ。・・・はい、だからこそあなたは自分の記憶を取り戻したいわけなんですよね。少しでもその情報を多くするためにも。
そしてそのために私がこうして協力しているわけですが、どうやらあなたは深く深く、とてつもなく深いところへ記憶を押しやっているわけです。
これはどういうことかと申しますと、あなたは自分で自分の記憶を思い出したくないと言っているのです。
それが解答です。
諦めてください。自分が誰だったかなんてここでは馬鹿馬鹿しいことなのですから。
自分の名前が分からないのなら、今ここで新しい名前をつけたらいいではありませんか。
そして、黒い粉末をひたすら入れ続ける人間として生まれてきたと思い、これまでの人生はなかったことにして新しい人生を歩んでいかれることを私はおすすめしますよ。
でなければ、あなたもあのお侍さんのように今度は自分を忘れたくて忘れたくてしょうがないようになってしまいます。
それはそれでとてもつらいことなんですよ。
わかっていただきましたか?」



4月16日(日)01:54 | トラックバック(0) | コメント(0) | THE TALE OF... | 管理

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